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PHANTASM_DANCE_HALL  (SIDE : KU_YUMEBA)
                         by Itsuki_taniori

 

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◆◇◆◇朔夜の館にて◆◇◆◇

洋館の応接間。
テーブルに体重を預けて立つコノハを横目に見ながら、
ソファに寝転がったクウは、足をパタパタと動かした。

コノハは、書斎で見つけてきた本を読んでいる。
なにやら難しそうな、錬金術だか魔術だかの書物だ。

クウもそれに倣って、一応は本を広げている。
こちらも書斎で見つけてきた、この館の主人の日記だ。
だが、今はまだこの館に来る前で、あまり面白いことは書いていない。

……コノハも、ソファの隣に座ればいいのに。
そうは思ったが、なんとなく悔しいので口には出さない。

思い返してみれば、
コノハはあまり背もたれのある椅子に座りたがらない。

窮屈な気がするのかもしれない。
そう思うと、まだ若いヒトらしい可愛げがある。

コノハは基本的に真面目で大人びているけれど、
ときどきそういう可愛らしい面を覗かせる。
そう、例えば――。

「コノハはなかなか踊りがうまくならないよね。
もう何度も踊ってるのに。相変わらず躓いてばっかり!」

すると、コノハは本から視線を上げ、こちらに笑いかけた。
「クウは出会ったころから、踊りが上手でしたよね」

それは、出会ったころからずっと続いている、
ふたりだけの儀式のようなもの。

この館にやってきたら、まずはふたりで半刻ほど踊るのだ。

クウは、その時間が好きだった。

かつて吟遊詩人として生きていたこともある程度には
クウは歌や踊りが好きだったし、
コノハが少し狼狽えた顔を見せる時間でもある。

なにより、出会ったあの日の胸の高鳴りを、思い出すことができるから。

クウとコノハ。
ふたりが、森の中にあるこの洋館で偶然出会ってから、
もうずいぶんと時が流れた。

以来、この場所をふたりだけの秘密の遊び場として、
ひと月に一度の朔の夜に、逢瀬に使っている。

コノハはおそらく、近隣の村の出身なのだろう。

迂闊に出自の話をすると、
クウのことを疑われてしまう恐れがあるので、
確かめたことはないけれど。

――実は、クウはヒトではない。
ヒトが、あやかしと呼ぶものである。

けれど、コノハと過ごす間は、それを隠している。

幸い、姿かたちはほとんどヒトと変わらないため、
それはあまり難しいことではなかったが、
会話の中でぼろが出ないよう、気を付ける必要はあった。

コノハにだけは、自分の本性を知られてはならない。
もし知られたなら、コノハと一緒に過ごすことはできないだろうから。

――そう、クウにとって、ここで過ごす時間は大事なものだった。

まさか自分が、ヒトにこんな感情を持つなんて。
運命というのは、なにが起こるかわからない。

けれど、本来、ヒトとあやかしは、相容れないものだ。
ヒトはあやかしの力を畏れ、あやかしはヒトの数を恐れる。

ヒトは昼に、あやかしは夜に。

それは遥か昔より変わらない不文律。
ゆえに、この逢瀬は本来、許されないものである。

「……あ」

ふと、窓の外を見遣って、思わず声が漏れた。
空が徐々に白み始めている。夜明けが近いのだ。

「そろそろ、時間ですね」
「……そうだね」

夜明けは、別れの合図。
本音を言えば、このままふたりでずっと過ごしていたい。

でも、クウはあやかしで、コノハはヒトなのだ。
ヒトとあやかしは、一緒にいることはできない。

クウにはその覚悟があるとしても――
コノハにまでつらい思いをさせるわけにはいかない。

彼女にはヒトとしての、太陽の下での幸せがあるのだから。

ヒトとあやかしが近づく朔の夜に、この場所でだけ。
そして、日が昇るときにはコノハを人里に帰す。

それがクウなりの――恋であった。
 

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