top of page

PHANTASM_DANCE_HALL  (SIDE : KU_YUMEBA)
                         by Itsuki_taniori

 

◆◇◆◇夢喰いの詩人◆◇◆◇

「ん……そろそろかな」

館から持ち出した日記を、ぱたりと閉じる。

日記に綴られた人生は佳境を迎えており、
その続きも大変興味をそそるものだったけれど、
クウにはクウのやらなければならないことがある。

具体的に言うと、お腹が減った。

クウは根城にしている廃屋から歩み出ると、
うーんと大きく伸びをした。

月は高く昇り、村人たちは寝静まっている。
あまり多くない家々の間を練り歩いて、
クウは美味しそうな匂いのする家を見定めた。

クウは扉をするりとすり抜けて家に侵入すると、
安らかに眠るその家の住人へと歩み寄り、そして――。

「いただきまーすっ」

その夢を、食べた。

――クウの食べ物は、ヒトの夢である。
クウは夢と現の狭間に生きる存在であり、ヒトの夢を覗く者。

ときに吟遊詩人を名乗ってヒトに化け、
ときにこうして村はずれの廃屋に住み着いて、
いろいろな都市や村を練り歩きながら、ヒトの夢を食べて生きてきた。

「んー、いい夢見てるね。美味しいっ」

食べるとはいっても、もちろん、端っこをかじる程度。
全部を食べてしまったりはしない。

そんなことをしてしまえば自分の存在がバレて大変なことになるし、
なにより、せっかくの夢をあまり邪魔するのも忍びない。

クウが好んで食べるのは、幸せな夢。
世の中には悪夢ばかり好んで食べる同族もいるらしいが、
ずいぶんな物好きだなぁと思う。

いくつかの家を渡り歩いて、クウは今日の食事を終えた。
今日もいろいろな夢を見て、食べた。

恋心を抱いている相手と過ごす夢。
お伽噺の竜を退治して英雄になる夢。
広い農地を持つ夢。

どれも将来への希望に溢れていて、輝いていた。

「夢、かぁ……」
月明りの下、帰り道を歩きながら、クウはぽつりと独りごちた。

クウは、夢を見ない。

睡眠中のそれというだけでなく、将来に対する欲求という意味でも。

夢を食べるという性質からか、あるいはクウ自身の性質か。
何かを欲しいと思ったこともなければ、
何かになりたいと思ったこともない。

そんな自分の性格自体は気楽で気に入っていたものの、
ヒトの夢を食べるたびに、得も言われぬ空虚さも感じていた。

願いを持ったヒトの毎日は、なんだか輝いている。
それは少しだけ羨ましい。
けれど――あれはきっと、ヒトの特権なのだ。
そう思っていた。

気まぐれに訪れた洋館で、
たまたま出くわした少女と手を取り合って、戯れに踊った。
あの夜までは。


 

bottom of page