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PHANTASM_DANCE_HALL  (SIDE : KU_YUMEBA)
                         by Itsuki_taniori

 

◆◇◆◇想い焦がれて◆◇◆◇

日記を、読み終えた。

「…………」
閉じた日記を胸に抱きながら、
クウの眦から、ほろりと涙が落ちる。

この館の主人は、あやかしだった。
長い時間を独りで生きてきた彼は、
しかしあるとき、とある村のヒトの娘と恋に落ちた。

身を引こうとした彼だったが娘の想いは強く、
やがて彼らは共に生きるようになる。

村を追い出された彼らは、
各地を彷徨いながら商売を行い、やがて森の奥に小さな館を建てた。
ふたりだけの、静かで穏やかな場所。

時が経ち、老いた妻が息を引き取るのを看取り、
彼は自らの生涯にも幕を引いた。

あの館は、そういう場所だったのだ。
「……いいなぁ」
思い浮かんだのは、コノハの姿。

「……もう一回、読も」
恋に落ちたあたりから。
そう思い、日記をぱらぱらとめくったところで――。

「……?」

村の方が妙に騒がしいことに気づいた。
今日はまだ祭りの日ではない。
なにか大きな獣でも出たのかと思ったが、どうやらそういう様子でもない。

耳を澄ましてみると、なにやら重い金属の音がする。
しかもその足音は、規則正しくこちらに近づいてくる――。

クウはその音に聞き覚えがあった。
悪魔狩りを生業とする教会騎士団の足音だ。

クウは、廃屋を飛び出した。

「いたぞっ!情報通り、あの廃屋に隠れ住んでいた!」
途端に、騎士たちがスラリと剣を抜く。

ぎらりと光る白銀の刀身に、クウは寒気を覚えた。
あの剣は、教会で祝福を受けた特別な剣だ。

夢現の狭間に生きるクウにとっては
普通の武器は何も恐ろしくないが、アレは違う。

その上、彼らには、幻覚の類も通じない。

以前とある都市で彼らに追われた際には、
命からがら逃げだすしかなかった。

今回も、すぐにこの村を逃げ出して、
彼らの捜索の手が及ばない、
どこか遠い場所へ移り住まなくてはならない。

「逃げたぞ!追えっ!」

逃げたクウを、無数の足音が追ってくる。
ひょうひょうと風を切る矢が、すぐそばに突き刺さる。

どうしよう。どこへ逃げる。どっちへ逃げる。
――とりあえず、森へ。

混乱する思考の中、
クウが足を向けたのは、通いなれた森の中。

遠い場所へいかなければならない。
わかっている。でなければ、死んでしまう。

でも、この場所を離れたくない。
クウの脳裏を、コノハと過ごす時間が過る。

だって、ここを離れたら、コノハと会えなくなる。
それは嫌だ。

飛んできた矢が、わき腹をかすめた。
痛みに顔をしかめ、足が止まる。
続いて飛んできた矢が、今度は二の腕を抉る。

ぼたぼたと流れ落ちる血が、否が応にも死を予感させる。

けれど――ああ、だって。
初めてだったのだ。

何かに恋い焦がれたのは。
何かを待ち遠しいと思ったのは。
何かを失いたくないと思ったのは。

あの洋館の主人、その最期を思い出す。
長い年月を独りで過ごしてきた彼が、
妻の死と共にその生涯を閉じたその理由。

クウにはそれが、痛いほどによくわかった。

血が流れていく。命が失われていく。
どこか夢見るように、クウは呟いた。

「――会いたいよ、コノハ」

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