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PHANTASM_DANCE_HALL  (SIDE : KONOHA_YAMADA)
                         by Itsuki_taniori

 

◆◇◆◇朔夜の館にて◆◇◆◇

出会った夜以来、ふたりの恒例となった、
半刻ほどの踊りの時間。

クウが満足するまで踊ったところで、
ふたりは大広間から応接間へと移動し、
書斎から引っ張り出してきた書物を、思い思いに広げていた。

テーブルに凭れるように立つコノハの正面で、
クウはソファにうつ伏せになって足をパタパタさせている。

この洋館が主を失って幾年になるのか――
館の中は朽ち果てていたが、いくつかの部屋は、
ふたりの努力によって、過ごしやすい環境をとりもどしていた。

この応接間は、その中のひとつだ。

「コノハはなかなか踊りがうまくならないよね。
もう何度も踊ってるのに。相変わらず躓いてばっかり!」

ふと、クウが顔を上げてコノハに笑いかけた。
どうやら、先ほどの踊りを思い返していたらしい。
その楽しそうな顔につられて、コノハも頬を緩める。

「クウは出会ったころから、踊りが上手でしたよね」
「でしょ!私、歌とかも得意だもん!」

ふふん、と自慢げに胸を張る。
その表情を、コノハは愛らしいな、と思った。

コノハとクウ。
ふたりが、森の中にあるこの洋館で偶然出会ってから、
もうずいぶんと時が流れた。

以来、この場所をふたりだけの秘密の遊び場として、
ひと月に一度の朔の夜に、逢瀬に使っている。

クウはおそらく、近隣の村の出身なのだろう。

迂闊に出自の話をすると、
コノハのことを疑われてしまう恐れがあるので、
確かめたことはないけれど。

――コノハは、ヒトではない。
ヒトが、あやかしと呼ぶものである。

けれどこの時間だけは、姿を変えて力を隠し、ヒトのフリをしている。
自分が人間でないと知られれば、
クウとこんな時間を過ごすことは、できなくなるだろうから。

――そう、コノハはこの時間を、大切に思っていた。

まさか、この自分が。
矮小で傲慢なヒトの子どもに、こんな感情を抱くことになるとは。
運命というのは、わからない。

だが、本来、ヒトとあやかしは、相容れないものだ。
ヒトはあやかしの力を畏れ、あやかしはヒトの数を恐れる。

ヒトは昼に、あやかしは夜に。

それは遥か昔より変わらない不文律。
ゆえに、この逢瀬は本来、許されないものである。

「……あ」

ふと、窓の外を見遣ったクウが、声を漏らした。
空が徐々に白み始めている。夜明けが近いのだ。

「そろそろ、時間ですね」
「……そうだね」

残念そうな声。
その声にまた愛おしさを覚えながら、
それでもコノハはいつも通り、別れを口にする。

「今日は、このぐらいにしておきましょう」
「……うん」
「そんな顔しなくても、また次の新月の夜には会えますよ」
「それはわかってるけど!」

膨れて見せたクウの前髪を、さらさらと撫でた。
クウが、気持ちよさそうに目を細める。

許されるならば、
この時間がいつまでも続けばいいと何度思ったことか。

けれど、コノハはあやかしで、クウはヒトなのだ。
ヒトとあやかしは、相容れない。交わってはならない。

コノハはその禁忌を厭わないとしても――
クウにその道を歩ませてはならない。

彼女にはヒトとしての、太陽の下での幸せがある。

ヒトとあやかしが近づく朔の夜に、この場所でだけ。
そして、日が昇るときにはクウを人里に帰す。

それがコノハなりの――恋であった。

 


 

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